まどろむまどログ   - 「快」を求める日々の記録 -

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氷川神社に初詣

氷川神社境内の干支の絵馬

大宮にある氷川神社に初詣に行ってきました。
氷川神社は関東一ノ宮。
大宮公園の敷地内にあり、豊かな緑に恵まれた清清しい気を感じることの出来る大きな神社です。
大宮公園の入り口から参道にかけて、毎年屋台が所狭しと並びます。
年々、お店の数が減ってきて少し寂しい思いをしているのですが、今年は昨年よりさらに出店の数が減っていました。
一番多い出店は「広島風お好み焼き」のお店。ついで「たこやき」でしょうか。
だるまを販売するお店は以前よりずっと少なくなった上、お客さんもほとんど入っていませんでした・・・。

そんな状態だったので「今年は人出が少ないのかな」と思っていたところ、神社の境内前はものすごい混み方。
例年だと、境内に一番近い鳥居をくぐる前の橋のあたりからロープを張って入場規制を行っているのですが、今年は境内から一番遠い鳥居から既に規制が始まっていました。
また、さいたま市の条例がかなり厳しくなったとのことで、神社のお炊き上げも縮小することになったとの張り紙が。
境内への入場規制は、鳥居の前、橋の手前、上の写真の絵馬の前、絵馬から札所にかけてもう一箇所、とかなり厳しいものになっていました。行政の方針が、大きく影響を及ぼしているんだなあ、と実感。

厳しい規制のため長い時間並ぶ羽目になりましたが、毎年のように押しつぶされそうになりながら投じていたお賽銭箱の前も、それほど混在することなく、ゆっくり拝むことが出来たのはありがたかった。
けれど、30分以上も列に並ぶのはさすがにしんどかった(^^;
大晦日の雪が溶けた後遺症で、じゃり石のない土の道は参拝客の足でこねくりまわされでろでろになった状態。
きもの姿の若い女性や、革靴を履いている年配の男性たちは、目もあてられない状態に・・・。

長い時間並びながら、私は空を見上げていました。
すくっと立った大きな木々の上に見える空は、凛と澄み切ってどこまでも広がっています。鳥達が、すいすいと木から木へ自在に飛び回っているのが見えました。

目に見えない大きな力の前で謙虚になる時間を持つというのはなかなか良いものです。参拝待ちの人々の会話を聞くともなしに聞いていると、どの人も「昨年は災いの年だったから今年はそうしたものをはねのけたい」といったことを口にしていました。
自分を含めて誰かが嘆き悲しむのは厭なものですし、笑顔で過ごすことが出来るために何か行うことがあるのならを手を差し伸べたいと思うのが人情というもの。
自分の幸せだけを願うのではなく、みんなが少しずつ周囲の人やこの世界全体の人のことについても思いを馳せ、祈る力をあわせることが出来たら、それはきっと大きなパワーになると思うのです。

大きな視野でのお祈りのほかに、もし自分のことをお願いするのであれば『今年もたくさんのことを経験することができますように』とお参りするのがいい、とスピリチュアルカウンセラー江原啓之さんの本に書かれていました。
災いや悲しい出来事があると、人は「ともかく平らかに過ごせますように」と祈るものですが、私達のたましいは、この世界での様々な体験を通し、自分のたましいを磨くことを選んで生まれてきているのだから、色々な経験を積むことを避けるようなお願いの仕方は良くないのだそうです。
そうは言っても、やはり災いは避けたいもの…。
望ましくない出来事に遭遇しても、正面からきちんとそのことに向きあえる力を蓄えて、しあわせに転換してゆけたら素敵だな、と新年のはじめに思いました。